年齢・経歴・出身は関係ありません
日蓮宗の僧侶になるべく日々修行に励み、同じ志を持つ仲間と団体生活をしています。
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一閻浮提第一の御本尊を信じさせ給え。あいかまえて、あいかまえて、信心つよく候て、三仏の守護をこうむらせ給うべし。行学の二道をはげみ候べし。行学たえなば仏法はあるべからず。我もいたし、人をも教化候え。行学は信心よりおこるべく候。力あらば、一文一句なりともかたらせ給うべし
「諸法実相鈔」より
諸法実相鈔は日蓮聖人佐渡流罪中に執筆された御遺文である。その内容には行学二道に対する不断の心構えが示されており、「信仰と学問のたゆまぬ研鑚と探求」の姿がみられる。
行学寮の名前は、この日蓮聖人の教えからつけられました。
日々の寮生活を通し、仏法僧の三宝にご給仕させていただき、体験・実践する”行法” と、大学や寮の講義で学び理解する”学解”の行と学に精進するべきである。
そんな行学寮は、1933年にその歴史が始まりました。その当時は厚徳寮という名前で親しまれていました。かつては高校生も在籍していましたが、現在は大学の寮として活動しています。
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寮監の言葉

行学寮の寮生は「行学二道」に精進しなくてはいけません。
行と学は、車の両輪です。
両輪のバランスが上手く揃わないと前に進むことも後ろに下がることもできず、その場で堂々巡りとなります。
『法華玄義』
智目行足 到清涼池
智慧の目(理論)と、修行の足(実践)を兼ね備えて、はじめて清涼池(悟りの境地)に到ることができる。
つまり、我々の修行(実践)というのは、確たる理論に裏打ちされたものでなくてはならないのです。理論に裏打ちされていない修行は徒労に終り、修行なき学問は机上の空論となります。
そして、なにより大切なことはその車輪を回す原動力です。
人の原動力は心です。
一緒に寮生活で行学二道に勇猛精進してまいりましょう。